戦国期に活躍した忍者その忍者の源流をたどる。

忍者はただ妖しく不可思議な存在だった

ひところまで、忍者はただ妖しく不可思議な存在だった。

ひところまで、忍者はただ妖しく不可思議な存在だった。

黒い忍び頭巾をかむ、鎖雄子をのぞかせた筒袖を着て、裁付袴(伊賀袴)をはき、忍者刀を帯びるといった、いわゆる忍者装束で出現し、九字を切り、印を結び、呪文を唱えさえすれば、たちまち煙とともに消え失せたり、あるいはヘビやガマなどに変化する。

そうでなくても、おそろしく強靭で身軽な身体をもち、獣のように疾走し、かつ跳躍する。また鋭敏な目、耳、鼻をそなえ、どこへでも神出鬼没して、何でも探索する不気味な相手である。もっとも、煙とともに消えたり、ヘビやガマに消えるイメージをもっている人はかなり古い。それらは主として、「伽羅先代萩」「天竺徳兵衛韓噺」「柵自来也談」などの芝居や、猿飛佐助、霧隠才蔵が活躍する、それに初期映画(活動写真)の世界である。

変化ものの舞台では、早替わりとか、せり上がり、ドンデン返し、宙づりなど、なかなか奇抜な工夫がみられる。厳粛荘重な能でも、たとえば「土蜘妹」では巣(クモの糸)が投げられる。先端の鉛がオモリの役目になり、きれいな放物線を描いて、しだれるように広がっていく。これらはむろん、つくりものだけれど、いまではそれとオーバーラップした妖しい楽しさが消えてしまった。実際に忍者が出す煙は火薬にすぎず、化身したかに見えるのは、ヘビやガマを小道具として使ったのだろうと、ごノ、素っ気なく解釈されるからである。

異常な身体や疾走力、跳躍力は、かねて人体の極限まで鍛練された結果

また、異常な身体や疾走力、跳躍力は、かねて人体の極限まで鍛練された結果である、といったように説明されてもいる。その鍛練法を『忍術秘録』によって抽 出してみよう。「まず桶に水をひたし、首を突っ込んで、長い間我慢垂ごせる。次に唐紙の上に水を撒き、その上を紙を破らずに歩かせる。これに合格すると、整息法を行なう。これは鼻先に軽い綿クズをつけて、動かさずに呼吸する法である」「力紙といって、八つ折りにした紙を奥歯で噛み締め、自分の足元を見ながら、小刻みに歩ノ、。顔を上に向けると、鼻腔への抵抗があるから、うつむきかげんにする。その速力は、胸に菅笠を当て、滑り落ちることのないようにするか、または一反の布を襟につけ、それがたなびいて地につかない〈、らいで、
それで一時間に四里(約16キロ)、一日に四十里歩く」
「幅飛びは3間(約5.5メーートル)、高跳びは九尺(約11.7m)が標準である。

練習には、まず一坪の地に麻の実をまく。麻はまつすぐに伸び、かつ成長の早い植物だから一日ごとに高くなっていくが、その上を毎日跳び越える。これを三年の間、行なうのである」このほか、関節を外したり、毒殺を防ぐために、日ごろ、悪虫や土砂を食べたり、噌好としてはたしなまないが、タバコを吸ったり、大酒を飲む練習をして、体の内部まで鍛えるのだという。こうしてみると、果たしてそううまくいくかどうかは別として、なるほどと思う。何事も鍛練修業の結果だというわけだ。けれども、勝手なようだが、われわれは忍者の実態を知りたいと思うと同時に、常人が鍛えて到達できる程度では、なんともつまらないという気持ちもある。

以前、正統忍者何代目という達人の実演を見たことがある。その達人は老齢ながら、体じゅうに針を刺したり、飛んだり跳ねたり、さらには指先で梁を伝って見せた。それはそれでかなりの技量ではあったが、ただそれだけである。われわれが抱いている忍者像には、まったくふさわしくない。見学者の多くもそうだったのだろう。多少失望の吐息が洩れた。かの達人も気配を察したのか、「体調を崩しているので」と弁解した。

だが考えてみれば、体調を崩していようがいまいが、ネズミやマシラではないのだから、するすると絵空事のようにいくわけがない。むしろ、体操選手のほうがよほど鮮やかな身のこなしを見せることだろう。 さきの『上忍定本奥忍秘帖』にあるような、二時間で七里走るというのも、あまりいただけない。走るというだけなら、現今のマラソン選手のほうがより速いはずである。けれども、本当の忍者なら、人智・人力を超えた存在であるはずだ、という思いが拭いきれない。たとえば、われわれが承知している一○○メートル競走の記録は、十秒内であるにもかかわらず、本当の忍者なら一秒そこそこで疾走できるにちがいない、といった怪奇玄妙に対するあこがれ、ないし夢である。

一種のロマンといってもいいのかもわからない。それゆえ忍者の発生や展開は、素っ気ない実態とロマンの間を往来して、辿らねばならないだろう。


不可思議・不気味な忍者たち

忍者の源流をたどる

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